ちえみママです

初めまして!ちえみママです

初めまして!ちえみママです

ブログを始めて1年が経ち、訪れてくれる方がお陰様で増えてきました!

改めまして感謝の気持ちでいっぱいです。

「ちえみママってどんな人?」と思っている方がこの記事で私をイメージしていただけましたら嬉しいかぎりです。

木とスノードロップ

生まれ

私は岩手県という夏は涼やかで冬は雪が美しい場所で生まれました。

3人姉妹の真ん中で家族全員がおっとりとしています。

6月に生まれたので気温的には暑くもなく寒くもない赤ん坊には快適な月に生まれたのではないでしょうか。

3つ上に姉がいて2つ下に妹がいます。

姉はリーダーシップが強く、妹は優しくしっかりもの。

私はと言いますと、、、

なんだか目立ちたがりでした(笑)

妹が生まれた時に父は単身赴任が続き、母が子どもを3人も見られないと考え、私は母方の実家に2年ほど預けられました。

私は2歳から4歳になるくらいまで、母方の祖父母に育てられました。

母が去る姿が悲しくて追いかけた記憶があります。

ずっと泣いている私の側で祖母がずっと一緒にいてくれたのをいまでも覚えています。

とにかく、祖父母は優しさと愛情にあふれた人でした。

動物がたくさんいたこともあり、私の生き物好きは祖父母の影響がとても大きかったです。

雪原の雪キツネ

中でも祖父は、鶏をたくさん飼育していました。

その影響もあり私も鳥が大すきです。

なぜ飼育していたかというと「卵」が一番の目的ですが、

「鶏を食べるため」という目的もあります。

いまの時代では信じられないかもしれませんが、祖父は鳥を捌ける人でした。

捌くと聞くと怖いイメージかもしれません。そう、生きている動物を食べるためにあやめるのです。

スーパーに売っている鳥肉しか見たことがない方は驚かれると思います。

生き物に感謝し食べる。このことを教えてくれたのは間違いなく祖父母でした。

母方の祖父母は私を優しく安全に育ててくれました。

私に自信をつけてくれました。

母は赤ちゃんを運ぶ

妹が2才になり、4才になった私は母のもとへ戻ります。

手巻き式の時計が1時間おきに鳴り、私の新しい生活は昼寝から目が覚めた所から鮮明に覚えています。

ただ、父方の祖父母と母と姉、妹のいる家での新しい生活は

私は家族とどう接して良いのかわからなくて

認めて欲しさからいろいろな遊びや学びを張り切るようになりました。

父方の祖父は朝からお酒を飲み、祖母は静かにあとを付いてくるような人でした。

ときどき夜になるとなにか細々と祖母の声が聞こえたのですが、

祖母が亡くなったあと、実はキリスト教だったこと。

そのことを仏教を崇拝する祖父には言えず、ずっと静かに信仰していたこと。

のちに聞かされました。

いま思えば夜の小さな祖母の声は「主の祈り」でした。

冬の間にカップルの建物雪だるま

小学生時代

小学生の時の好きなことは100点のテスト集めと、運動でした。

家族に認められたいと思ってのテスト集めだったと思います。

母や父や祖母にほめられるのが嬉しかったです。

毎日お酒を飲んでいる父方の祖父のイメージはずっと怖い人だったのですが、

病に倒れ病院で孫に顔を拭かれた祖父は

病気で喉からチューブを通されていて声が出せませんでしたが涙を流していました。

「ありがとう」と言っているようでした。

3姉妹での遊びといえば、スーパーファミコンやプレイステーションを遊んでいたのは良い思い出です。

外での遊びは壮大な自然の中での鬼ごっこだったので今思えばとても体力があったなと思い出します。

私が過ごした小学校は静かな田舎の1クラス16人しかいない少数のクラスでしたので仲が良く、今でも同い年のクラスメイトは覚えています。

落ち葉でいっぱい通りに青いバックパックを持つ女性

中学生時代

中学になり生徒数が増え知らない人が増えると、人目を気にするようになりました。

好きでもないテレビの話題、アイドルの話。

この時期から私は学校がキライになっていったのを覚えています。

よくある話なのですがテレビゲームが好きだったので、男子と話す。

女子からウワサを流され誤解され妬まれる。

周りの人間がキライというよりは、自分がキライになった3年間でした。

このままでは、高校生活も今のような状況を繰り返してしまう。

そう感じた私は、地元ではない高校に入学させていただきました

今でもサポートしていただいた担任の先生に感謝しています。

昼間は木の近くのベンチに座っている人々のグループ

高校生時代

高校生活は、自分以外は知らない人という環境はとても緊張しました。

まさか全員がそんな気持ちでクラスの席に座っていたことを知らなかったので、

話してみると「あなたもそうなんだ」と共感し打ち解けるのに時間はかかりませんでした。

その時の仲の良かった友人は今でも付き合いがあります。ありがたいことです。

その高校生活で、たまたまクラスで陶芸体験をしたのが、私の人生で一つ目のターニングポイントとなります。

のち窯業地に就職します。

大学は出ていませんが、退職後にでも美大に通ってみたいなと目標の一つです。

もともと、デザイン科に入学し女子だらけのクラスでした。

鍋を作る人

みんなで、好きな器、お皿、コップなどを作るうちに、土で物を作る楽しさに気が付きました。

当時は今ほど、インターネットで検索しても思い通りに探せない時代でしたので

先生から聞き、窯業所を調べ、地元の陶芸家の工房を訪ねたり、自分で探したりしました。

初めての就職先となる栃木県益子町で「益子焼」を学ぶことになります。

陶芸は初めてでしたし、社会人1年目、年も18歳で働き始めは辛くて毎日泣いていたような気がします(笑)

慈愛に満ちたジョニーデップにそっくりの親方や

兄弟子や姉弟子が厳しく育ててくれたのでそれが財産になっていると今になって気が付けます。

その後は陶芸の知識を増やしながらの日常でした

2つの銀色のリングで赤ちゃんの足に触れる人

最愛の我が子

海上自衛官の当時の夫と知り合い、結婚し最愛の息子が生まれました。

しかし、夫の仕事は忙しく2週間かえってこれないことも多々ありました。

私も子育てに慣れておらず、すれ違う日々が続きました。

それでもやっていけるとポジティブに暮らしていたのですが、

ある日、夫が私にウソを付いていることを知ってしまいました。

引越しでの足りなかった頭金が集まったので、

一思いに返してしまおうと夫に渡したお金。

これが全く払われていなかったのです。

でも、すでにお金はない。通帳も見せてくれませんでしたが

なにか思うことがあるのだろうと咎めたりはしませんでした

それだけで100万近くはあったとおもいます。

そのあたりから夫のお金のウソが一つ一つとでてきました。

そのとき私はごく普通の専業主婦でした。

子育ても右も左もわからず、知らない土地で孤独に息子を育てていました。

夫に養われていたので何もいえませんでしたが、

精神的に不安になっていたことを思い出します。

白い折りたたみアームチェアに座っている女性

このままではいけないと家を出て仕事を探し始めます。

いま思えば、お互い不慣れな生活に余裕をなくしてしまい思いやりが持てなくなってしまっていたのだと今なら理解できます。

私は、夫の悪口や蔑むような言葉は言いたくないという気持ちから

夫には何も言わずに2歳の息子を連れてそっと家を出て行きました。

実家に帰るといって、別の場所に私の貯めていた貯金で家を借りました。

のち、数か月後離婚します。

離婚後

託児所がなければ仕事ができないと考え、託児所付きの健康食品会社で働きました。

始めは預けてすぐに息子が走ってきて泣きじゃくる姿を見て後ろ髪をひかれる思いでしたが、

職場のセンパイ方も子育てのアドバイスをしてくれたり私自身での収入もでき、精神的に安定して安らいだことを今でも覚えています。

建物のローアングル撮影

仕事にも慣れ、託児所ではなく保育園も決まり

少しずつ生活も安定していたころに当時の銀行の支店長にスカウトされたのが

きっかけで健康食品会社から金融業に転職をします。

転職

覚えることが多く戸惑いましたが、周りに支えられ、仕事を覚えていくことができました。

しかし、私が休職中の社員の穴埋めのため移動した店舗でパワハラとモラハラに遭うことになります。

恫喝され、デスクを叩かれ他の社員が問い詰められる姿を見て具合が悪くなるときもありました。

ノルマも無謀なくらいありました。

前の健康食品の会社に働いているときと比べるとお給料は増えたものの

子どもとの時間はとても少なくなってしまいました。

この時期が雇われの仕事に強く疑問を抱いた時期です

ここから、本業以外の仕事に力を入れようと決意しました。

ブログ

会社の出来事がブログを始めるきっかけであり会社に頼らないという私の動機になっています

ブログを楽しみながら好きなことでしばらくは本業、ブログ、母親として3足のわらじを履きながらの作業を楽しみたいですね

MacBook Pro、白いセラミックマグ、テーブル上の黒いスマートフォン

私はマナブバンコクさんのYouTubeがきっかけでブログを再開しました。

今はワードプレスで2年ほどブログ運営していますが、

過去に、アメブロを8年で挫折した経験があります。

また書き始めるのは不安があったのですが、私自身は書くことは好きなのでその「好き」という気持ちから再開することができました。

昔と比べ、気持ちがポジティブになりこうやって書き続けることができています。

私の書く記事が少しずつ読まれ収益となって育っていくブログは子育てとどこか似ています。

執筆と修正の繰り返しです(笑)

少しずつみなさんのおかげで収益になり、感謝の気持ちでいっぱいです。

もう一度やってみようと、コツコツ続けられるのはみなさんのおかげです。

長文になりましたが、ここまで読んでくださりありがとうございます。

もうだめだ、どうしようもない、と諦めそうに何度もなりました。

諦めないで少しずつ0.1%でも前に進んで生きていきたいと思います。

私の道は私が切り開く。

まずは私自身を見たし幸せになるために

そこから分かち合い周りのみんなを幸せにするために

行動あるのみですね

コミュニティ

私たちのコミュニティは共に高めあっていける仲間を募集しています

全員が天才じゃなくていい

必要な時に繋がって、力を出せる

そんなコミュニティです

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自分を知ることを恐れないで

何かをあきらめないで

誰かに遠慮しなくてもいい

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イーチブランドの活動

2010年生まれの男の子の母です。 陶芸、カフェ、健康食品、大手金融機関を経て子育ての合間にブログを執筆しています。 子が3歳の時に離婚。 子と知識と思い出を共有して日々楽しんでいます。

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